寛政暦についての質問です。というより西郷隆

Writer: admin Type: savan Date: 2019-01-19 00:00
寛政暦についての質問です。というより西郷隆盛の誕生日が知りたいのです。文政10年12月7日〈1828年1月23日〉生まれなのは知っています。しかし彼が丑の刻生まれの場合、誕生日はどうなるのでしょうか?寛政暦の時、以下のような事例が出ました。http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/hajimari.html本居宣長は子の刻に日付変更させておりました。これは寛政暦に改暦の際、日付変更が子の刻になるよう、お達しが出たとでもいうことなのでしょうか?先ほども申し上げた通り、西郷隆盛が丑の刻生まれの場合の、誕生日が知りたいのです。ご回答のほど、よろしくお願い致します(_ _)補足日本では、中国から暦を輸入してからずっと、正子(午前0時)を日付変更のラインとして来たのですね、、しかし江戸時代になってから、庶民の中で明け六つこそが日付変更のラインだとの誤解(文化?)が生じたのですね、、https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/CDD7C1C72F1C6FCA4C8A4CFA1A92F...、http://book.geocities.jp/ukoku_leo/sub1/old_time_1.html、武家層である西郷は、正子に日付変更していて欲しいです。共感した0###恒太朗(こうたろう)です。 四柱推命を長年やっているので、お訪ねの干支暦については熟知しています。 西郷隆盛が「丑の刻」・午前1時から午前3時までに生れていたとしても、誕生日の変化は生じません。また、誕生時間が「子の刻」・午後11時から午前1時までに生れていた場合・・・特に午後11時を過ぎていれば翌日の誕生日とするのは、星座の影響を受ける運勢上の区分です。1年365日、どんな日でも午後の11時を回ると、既に翌日の運勢として誕生しています。この為四柱推命では日本国内で生れた人でも出生地による時差の計算が必須です。ブログもあります。ナイス1
###西郷隆盛が産まれた時代には、明け六つから12月7日になるのではなく、九つから12月7日になるようになっていたのでしょうか?念押しです(_ _)

 

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